異なる要素とイメ-ジを重ねあうものづくり


19歳の春に神奈川県から京都へと日本画を学びにやってきました。卒業後、「日本画の技術も生かした仕事をしたい」と考え、京友禅の工房に就職したのが、20歳のときです。
工房では毎日、諸先輩たちの叱咤激励や先生の作品を愛する故のこだわりに関しての話などを聞くのが楽しくて、着物に自分の「イメ-ジ」を伝えて載せる技術習得にのめりこんでいきました。最初は生地に真っすぐ線が引けなかったり、友禅でも色ムラがあったりして苦労の連続でしたが、次第に数をこなしていくうちに失敗もしなくなってきました。最初の数年は自分とプレッシャーとの戦いでした。
そして、呉服製造に携わるようになって8年目くらいのときです。縁あって「Tシャツに絵描いてもらえないか?」と職人リレーエッセー(4)の筆者でもある手染メ屋店主青木氏に言われて描いたのがきっかけで、共同で制作すればもっといろんな人に作品を見てもらえることを知りました。

それも、自分だけの作品じゃなく、人の作品(青木氏が染めたTシャツ)に絵付けをすることにより、メッセージを伝える効果が「×2」得られるわけです。草木染めのTシャツに私が妖怪の絵を描く、「異なる要素とイメ-ジを重ねあうものづくり」の始まりでした。
ここでいう「要素」とは、青木氏が染めたTシャツや、私が描く日本画のことです。また、「イメージ」とは、青木氏が出したいと思っている”色”や”風合い”であり、私が伝えたいと思っている”人の内面にある情念”や”熱い生命の息吹”のことです。それらを重ねあわせ、一人では得られない作品をつくり出すのです。

その背景には、それぞれの職人が”10割打者”をめざして日々磨き続けている技術があります。職人の世界は、寸文の狂いもない製品を作り続ける”10割打者”となってはじめて評価される世界。工房に入って12年目の私ですが、まだまだ5割打者といったところ、技術の習得に終わりはありません。

京都には、そんな職人たちが分業で協力しあいながら一つのイメージを作り上げていく文化が根強く残っています。着物や西陣帯と扇子を組み合わせて京舞妓をつくったり、お茶とお花や和菓子で茶道を生み出したりという感じです。まさに、「異なる要素とイメージを重ねあうものづくり」です。

現在、私は絵師として活動していますが、元々、絵師という職業は江戸時代から既に現在のデザイナーのような仕事だったようです。器や家具のデザインなどは絵師の仕事でした。絵師が要素とイメージをつなぎあわせ、デザインをまとめあげる仕事をしていたのです。

だからというわけでもありませんが、私も青木氏との出会い以来、着物と日本画の技術を応用した作品(絵や柄の提供)で商業ビルの内装をデザインしたり、海外絵本の挿絵、本格的な金屏風製作、アパレルブランドのTシャツデザイン、扇面のデザインなどといった活動を展開しています。こういった活動をしていてもっとも強く感じるのは、才能の拡張性は無限ということです。特にやりがいを感じたのは、海外の大きな施設に作品がプリントされたときでした。

そのときの感動を忘れず、これからも、京友禅を通して学びつづけている伝統技術と和装文化を大切にしながらも、世界の方たちと交流し、新しい作品を生みだしていきたいと思っています。

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